小林先生の部屋

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目次

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イタリアにおいてのマンドリン作品が作曲された時代の世界的な音楽の趨勢についての一考察

 イタリアにおけるマンドリン作品の多くは19世紀後半から20世紀前半に書かれたものです。このころの世界の音楽の趨勢とはどのようなものだったのでしょうか? ここではイタリアという狭い地域に限定せず、マクロ的な視野で当時の音楽の流れについて述べてみたいと思います。
 19世紀後半から20世紀前半にかけて、音楽の世界ではドイツロマン派的な機能和声が極限まで発達した結果、次第に調性に支えられた音楽が崩壊していきました。19世紀後半のいわゆる後期ロマン派を代表する作曲家としてはリムスキー=コルサコフ(1844~1908)、グスタフ=マーラー(1860~1911)、リヒャルト=シュトラウス(1864~1919)などがあげられます。そして20世紀初め、つまり今からちょうど100年ほど前にはパリを中心に印象主義の花が開き、クロード=ドビュッシー(1862~1918)やモーリス=ラヴェル(1875~1937)らが活躍しました。一方、ウイーンにおいてはアーノルド=シェーンベルク(1874~1951)、アルバン=ベルク(1885~1935)、アントン=ウエーベルン(1883~1945)らが新ウイーン楽派をつくり、後期ロマン派から次第に脱却し、いわゆる12音技法といわれる無調音楽に到達しました。周辺の国々では、イゴール=ストラビンスキー(1882~1971;ロシア)、ベーラ=バルトーク(1881~1945;ハンガリー)などがフランス・ドイツ/オーストリアにおける流れとは異なった独自の優れた作品を作っていました。また、セルゲイ=ラフマニノフ(1873~1943;ロシア)、マニュエル=デ=ファリア(1876~1946;スペイン)、ジョージ=ガーシュイン(1898~1937;アメリカ)など、それぞれの国を代表する有名な作曲家たちもこの時代に活躍していました。
 イタリアのマンドリン作曲家と同じ時代に生きていた作曲家のおおよそのところはおわかりいただけましたか? 意外に新しい作曲家が登場しているでしょう? このように述べてくると、世界的な音楽の流れからは、多くのマンドリンオリジナル作品が作られた時代は、実は音楽史上は近現代に位置しており、一般聴衆の耳に心地よかった古典的あるいはロマン的作品から、次第に難解でより複雑な作曲技術を駆使した作品に変わっていく時代であったことがおわかりいただけると思います。
 一方、イタリア音楽史上においては、ロッシーニ(1792~1868)、ヴェルディー(1813~1901)、プッチーニ(1858~1924)、マスカーニ(1863~1945)と続くオペラ作曲家の活躍を見逃すことはできません。ロッシーニの「セビリアの理髪師」、ヴェルディーの「椿姫」、「リゴレット」や「アイーダ」、プッチーニの「マノン=レスコー」、「トスカ」や「蝶々婦人」、マスカーニの「カバレリア=ルスティカーナ」などは誰でも一度は名前を聞いたことがあるでしょう。これらイタリアオペラでは、器楽的作曲法の理論的な追求というよりは、人間の持つあらゆる感情をどう歌心に込めるかということに心を砕き、知識や教養などなくても人間なら誰でも感じることの出来る心の動きを見事に音楽で捉え、その音楽に永遠の命を吹き込むことがおこなわれていたと思います。彼らの音楽は今でも世界中の人々の心を捉え続け、私も彼らのオペラのアリアを聴くと何か胸がじーんとして、熱い感情がこみ上げてきます。彼らの音楽が時代を超えて生き残っている理由は、感情と音楽とのすばらしい融合にあり、イタリアマンドリン作品にもその影響は見受けられるように思います。
 オペラからは少し離れますが、当時のイタリア楽壇に大きな影響を与えた作曲家として管弦楽で有名なオットリーノ=レスピーギ(1879~1936)を特に挙げたい思います。レスピーギは「ローマ3部作」などで素晴しい色彩的なオーケストレーションを行いました。レスピーギの作品は当時パリやウイーンで発表されていた音楽に較べ明らかにロマン的要素を多く湛えていますが、彼が同じく管弦楽法の達人であるリムスキー=コルサコフに師事したことや、リムスキー=コルサコフがロマン派的な薫り高い音楽を多く作曲していたことを考えますと、レスピーギのロマン的指向も理解できるのではないかと思います。
 このように書いてくると、イタリアではオペラにおいても、管弦楽においても、同時代の音楽の世界的な潮流よりも遙かにロマン的要素が残っており、20世紀前半に書かれた多くのマンドリン作品がロマン的影響を色濃く残している理由が理解できるのではないかと思います。多くのマンドリン作品が作られた1900~1930年代のイタリアでは、イタリアオペラは既に終焉を迎え、「誇り高きイタリア音楽」の残照のなかにあったのかもしれません。イタリアのマンドリン作曲家の多くは当時の進歩的な作曲技法や近代和声から見ると明らかに「時代遅れ」のスタイルで作曲していたということは否めません。しかし、その作品に内包する「人間本来のもつ感情に訴えるもの」には見るべきものがあり、今でも多くの人の心をとらえます。薄っぺらい作品はともかく、今日でも繰り返し演奏される価値を持つ作品はマンドリン音楽の中にも確かに存在すると思います。
 イタリア作品の演奏に当たってはこういった視野に立ち、価値のある作品を見極めて演奏していく必要があると思います。

(小林 由直)

 

200年の時空(とき)を超えて

"meets"第5回演奏会パンフレットに掲載された寄稿を転載。

 マンドリン作品を演奏する時、特に外国作品ではその作品の作曲年代や文化的背景に配慮されることが少ないと思います。今回で5年目の"meets"のメンバーには、作曲された時代に注意し、その時代背景や文化的背景に思いを巡らせながら演奏するようにお話しました。
 チマローザの作品は1797年に初演されたオペラで、今から200年ちょっと前になります。
 この年にはモーツァルトは既に亡くなっていましたが、ベートーベンはまだ27才の青年でした。またこの年にはシューベルトが生まれています。音楽史的には古典派の終わりの頃でしょう。この作品を古典派の作品として捉えるとその和音やデュナミーク(強弱)の指定がとてもスムーズに理解できます。当時イタリアは音楽の先進国であり、たくさんの作曲家がイタリアの音楽から影響を受けました。マンドリンも当時の貴婦人たちには広く愛奏されていたそうです。当時の優雅な気持ちを持って演奏できればと思います。「華燭の祭典」は約100年前、「交響的前奏曲」は約70年前の作品です。そして、二橋潤一氏は現代を生きる売れっ子作曲家です。チマローザから200年の時代が流れています。これらの作品はいずれも美しい旋律を持っていますが、そこに流れる200年もの時代を感じながら演奏したりまた聴くというのも、また味わい深いと思います。
 また、各々の活躍した、あるいは活躍されている国を辿るとイタリア、イタリア~ベルギー、フランス~日本という地理的、文化的なつながりを感じることができます。ベルギーはフランス文化とドイツ文化の両方がうまく取り合わさった文化を持っており、「交響的前奏曲」では、9度とか11度といった、フランス音楽でよく使用された和音が使われています。また、フランスの作曲家ドビュッシーが日本の画家の描いた蒔絵(黒い漆の上を金魚の跳ねている絵)を大切にしており、有名なピアノ曲「金魚の魚(映像 第2集)」を作曲したという話がありますが、音楽に限らず、絵画などいろいろ芸術においてフランスの文化と日本の文化は互いに影響を受け合ってきました。二橋氏はフランスと日本の両国で学んでおられ、まさにフランスと日本の文化から精神的影響を受けられると思います。こういった文化的なつながりにも思いを巡らせて演奏したり鑑賞したりしていただけると、思わぬ豊かな世界が広がると思います。
 "meets"の演奏でこれらの時空をどれだけナビゲートできるのかわかりませんが、彼等なりに一生懸命演奏してくれると思います。どうか暖かい目で彼等の演奏を見つめていただき、彼等の案内する時空の旅を楽しんで下さい。

("meets"音楽監督  小林 由直)

 

"meets"第6回演奏会にあたって

"meets"第6回演奏会前のメッセージとして当HP「コンサート情報」に掲載したものを転載。

 1996年に初めての演奏会を開いて以来、"meets"の演奏会も今年で6回目になりました。メンバーも次第に広い範囲から集まってくるようになり、今年の演奏会では名古屋周辺、三重はもちろん、京都、大阪、神戸、茨城、そして大分からのメンバーも参加しております。彼らの中には以前に私の作品の演奏などを通じて何らかの接点のあった方も多く、しばらく消息が分からず何年も経って再び巡り会った方もみえます。彼らが社会人になってもずっと音楽を続けている、その原動力の片隅にでも私の作品があるのなら、こんな幸せなことはありません。また今回の演奏プログラムを見て、弾いてみたいとという熱い気持ちで初めて参加された方もみえます。これもまた嬉しいことです。こうした沢山のメンバー一人一人のことを想うとき、改めて人との「出会い(meet)」のすばらしさと不思議さを感じます。

 私は第1回から演奏の指導に関わってきましたが、昨年から音楽監督に就任させていただき、よりはっきりとした形で演奏への関わりを持つと同時に、今年はピアノ伴奏、指揮と舞台に上がることになってしまいました。私の今回の指揮は16年ぶりということになります。「音の世界を楽譜に封印する作曲者と、楽譜からこの世に音を解き放つ指揮者は正反対の立場であり、それぞれの立場においてより優れた感覚を持った人が仕事をするべきだ」という思いから、いったんは指揮を止めた経緯があり、今回の演奏会で再び指揮をすることには自分の中で躊躇するものがありました。それにも拘わらず指揮をお受けすることに踏み切った最大の原因は、「KOBAYASHIの指揮でKOBAYASHIの作品を演奏してみたい」という奏者の熱い思いであります。ピアノ伴奏は、これからマンドリンのソロを真剣に勉強していこうとしている北田さんへの応援のつもりです。

 毎年、力強く成長している"meets"の音。熱いハートを持つメンバーによる熱い音。その熱気は「夢の魅惑」や「グランドシャコンヌ」をも覆い尽くすでしょう。第3部では、自作自演はもちろん、尊敬する友人でもある吉水秀徳氏の作品を演奏させていただきます。どうか沢山の方々にご来場いただき、"meets"の熱い演奏に触れていただきたいと思います。

("meets"音楽監督  小林 由直)

 

モチーフへのこだわり ~今も昔も~

"meets"第6回演奏会パンフレットに掲載された寄稿を転載。

 本日演奏する「望郷」と「風の舞曲」の共通点は「限られたモチーフへのこだわり」であろうか。両者ともにモチーフ(=動機)を基本にして、それを部分的に切ったり、貼ったり、上下を逆さまにしたり、音の並びを逆にしたりして作られたさまざまな音の動きが作品の中にふんだんに織り込まれている。誰が聴いてもすぐに分かるものもあるし、スコアの中で注意深く探さないと分からないものもある。とくに前者では、使用しているモチーフが一つであり、楽曲としての緊張感が高い。後者は2つのモチーフを持ち、これを中心に据えながら比較的自由な音の扱いも混じり、緊張度は緩められている。1つのモチーフを様々に利用する方法はバッハのフーガなどでは当たり前に見られるし、12音技法も同様の手法を基礎にしている。しかし、いわゆる今日の音楽(コンテンポラリー)で使用される自由で多彩な手法にくらべると、少々地味で新しさのない手法かもしれない。なぜ、自分はいつまで経ってもこれにこだわるのだろうか。
 その原点は、22年前の学生時代に遡る。医学生であるにも拘わらず、今も親友である外科医Y君と教育学部の音楽棟に入り浸り、ピアノでベートーベンやショパン、シューマンなどの作品を弾き、下宿でもそういった作品をよく聴いていた(当時FM放送でエアチェックすることが多かった)。大変な物持ちであったY君や作曲のT先生からは、当時では手に入れることが難しかったシェーンベルグ、ウエーベルン、松村禎三、武満 徹などの貴重な楽譜を見せていただいたり、珍しい作品のレコードを聴かせていただいたりした。こうした中で、私はソナタ形式やフーガなど厳選した材料をさまざまに工夫して構築する音楽や音列(セリー)を使った音楽に、一方では自由だが選び抜かれた音により作られる美しい音楽に触れていた。
 ところが、ある日、何も分からないまま(妙にやさしい)先輩に酒を飲まされ、気が付いたら、マンドリンクラブに入部したことになっていた。ある先輩がイタリアのマンドリン曲を何曲か聴かせてくださり、びっくりした。初めに耳当たりの良い旋律が現れたと思うと、すぐ後にはそれとはまったく関連性のない、これまた耳当たりの良い旋律が顔を出す。それらは全く発展せず、またもや突然何の前触れもなく新しい旋律が現れ、それらが何回か繰り返して終わる。何の曲だったかはっきり覚えていないが、聞けばマンドリンの珠玉の名作であり、マンドリンの演奏会でよく演奏されて来たと言う。「ちょっと違うんじゃない?」と思った。ハーモニーもきわめて古典派に近い。この曲が音楽史上近代に属する20世紀前半に作られ、淘汰を受けることなく50年以上経ってもなお頻繁に演奏されているのに驚いた。この事はイタリアオペラの流れとイタリアマンドリン作品の時代性が頭の中で結びついた最近になるまで、まったく整理がつかない問題であった。今でも釈然としない部分は残るのだが…。
 気がつけば、同じ時に(これまたよく分からないまま)入部したはずの同回生が殆ど顔を見せなくなっていた。私もクラブにはろくに顔も出さず、朝から晩までピアノばっかり弾いては、今でもお世話になっているピアノのM先生のところに時折押し掛け、夕食やワインをご馳走になるといった生活をしていた。
 ある日、突然先輩から指揮をするように言われた。次回の演奏会で何かしら作品を振らなければならない。先輩からいくつかの作品を勧められたがどれも気に入らず、結局自分で作って指揮をすることになった。それが「河はうたう」という、自分にとってはマンドリンの為のいわゆる処女作である。幸いな事に、その楽曲が広島に住むT氏の目に留まり、以後、少しずつマンドリンオーケストラのための作品を作ることになった。「望郷」はちょうどその頃の作品である。作曲技法上の斬新・奇抜なアイデアは使わず、1つのモチーフを徹底的に使って1曲を作ってみようと思った。入部の時、イタリアで作られたある作品を聴いた時の印象が強烈に残っていたのである。
 以来、その程度には差はあるものの、「限られたモチーフへのこだわり」は一貫して持ち続けている。とくに、調性のあるマンドリンオーケストラの為の作品を書くときには、曲が過度に甘くならないためにも基本となる旋律を絞り込んでいる。その結果、美しいメロディーが聴く人にも印象付けられ、演奏する人にも楽しさを与え、それでいてどことなくキリッと締まった作品ができればと思っている。

(小林 由直)

 

第7回演奏会に寄せて

"meets"第7回演奏会前のメッセージとして当HP「コンサート情報」に掲載したものを転載。

 今回の選曲に当たっては、多くの作品がノミネートされましたが、今までに造り上げてきた"meets"の特性をさらに伸ばすための作品と、"meets"が今まで扱ったことのない新しい音楽性に挑戦する作品の両方から選曲を行いました。

 まず、マンドリン発祥の地であるイタリアの作品からヴィヴァルディの「トランペット協奏曲」とシルヴェストリの「夏の庭」を取り上げました。
 「トランペット協奏曲」はマンドリンのために書かれた作品とは違いますが、その明るい曲想が、華麗で屈託のないイタリアの雰囲気をよく伝え、マンドリンのピッキングの音色にもよく合っていると思います。帰山氏によるしっかりとした編曲のもとで、古典的な均整を保ちつつ生き生きとした音を表せればと思います。
 「夏の庭」、この愛すべき小品は、手頃な長さと演奏しやすさから既に多くの団体により演奏され尽くされた感があります。"meets"では今まで勉強してきたことを基にしてどのように歌いきるかが課題です。合わせて、この作品全般に感じられる穏やかで暖かい色を演奏で出せればと思います。
 「ロココ組曲」は、軽妙・洒脱なフランスのエスプリをたっぷり含みながらも和声・対位法に力の入った作品です。繊細・柔軟でありながら高度な演奏技術が要求されます。今までに"meets"では二橋作品を取り上げてきましたが、満足のいく演奏までにはまだまだ遠い印象です。難しいフレーズを「ガリガリ」と弾くのではなく、どんな表現も「さらっと」弾いてしまう、そんな余裕を持った演奏技術を披露できるのが夢です。多彩な音色の弾き分け、近・現代の和声のなかで繰り広げられるフーガの扱いなど、練習の中でいろいろな音楽的要素を勉強させていただきたいと思います。ちなみに、指揮者は本作品を献呈・初演された広島女学院中学・高校の出身です。
 「Ouverture Historique No. 2」は帰山栄治氏による数多くのマンドリン作品のなかでも、間違いなく重要な位置を占め、また日本が歩んできたマンドリン音楽の歴史の中でも重要な作品だと思います。複雑に入り組んだリズム、撥弦楽器の原点を考えさせられる躍動感のある打楽器的な要素。その中に、ふと透明で諦めにも似た音楽が顔を出します。その荒涼とした音風景の中にふとリリカルな作曲者の感性を感じる瞬間があります。今まで"meets"で培ってきた音楽の「熱さ」「叙情性」「うた」などついても改めて考える機会を与えてくれます。こうしたことを踏まえ、自分達の音楽の幅を拡げる上でもこの難曲にあえて挑戦させていただき、そこから多くの物を学びたいと思います。
 「風の軌跡」は"meets"がこれまで取り組んできた「風」シリーズの作品です。今までに培ったフレーズの歌い方、音のバランス、音色の変化などを整理してまとめてみましょう。音楽の上で格別先鋭的なものはありませんが、この作品を初演していただいた方々の多くが今も音楽を続けていらっしゃる、またそのうちの何人かが"meets"にいらっしゃることは、作者から見て嬉しいことです。分かりやすい語法から何を描き出すか? 京都教育大による初演も素晴らしかったですが、今回もスケールの大きな表現を目指します。

 以上のような選曲で、今まで勉強してきたことはさらに積み上げ、一方で今までに経験したことのない新しい音楽とも出会う。一人一人のメンバーが1年間自分を高めた結果、充実した演奏会が開ければ嬉しいと思います。

(音楽監督 小林由直)

 

「良い作品」と「受ける作品」の違い

"meets"第7回演奏会パンフレットに掲載された寄稿を転載。

 私は今までいろいろな演奏家や演奏団体のために作品を提供して来ました。その作品の中には、今でも繰り返し演奏されるものもあれば、初演された後に全く再演されないものもあります。そこで気付くのは「良い作品」と思ったものが必ずしも「受ける作品」ではなかったということです。

 たった1度しか演奏されなかったものが必ずしも「駄作」であったとは思いませんし、繰り返し演奏される物が自分にとっての「快作」であるとは限りません。再演されない物にはむしろ新しい試みを取り入れたものが多く、時間をかけて作ったものが多く含まれています。中にはその試みが未成熟であったため自ら再演を凍結した作品もありますが、聴衆には難解で「受けなかった」ために日の目を浴びてこなかったものも多くあります。

 広く受け入れられることを第1の目的として作品を書くことは、聴衆に対する「妥協」や「媚び」を優先させ、「芸術性・独創性」といったモノ作りとしての「誇り」を後退させてしまう危険性があります。「己の魂を売ってまで聴衆に媚びる」といわれるのはモノ作りの端くれとしては耐えがたいものです。しかしその対極として、自己表現のみを突き詰める事も勇気のいることです。たとえそれが「希代の名作」であったとしても、誰かに見い出され評価されないことには永遠に忘れ去られてしまう可能性があるからです。
 これらの相反する姿勢を両立することは至難の業ですが、最近では一つの試みとして、調性を持ちながらそれ以外の音も一杯詰まっているような作品を書いています。「音層空間」や「森の精霊」などがそれにあたるでしょうか。聴く側には分かりやすく、心に残る、それでいて創る側も新しい技術や試みを織り込んだ作品を作ろうと心掛けています。作った側がおもしろい、良いと思えるものが聴衆にも受ける作品となれば、こんなに嬉しいことはありません。そういえば「音層空間」も「森の精霊」も再演されていないけど…。

(音楽監督 小林由直)

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